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東京高等裁判所 昭和37年(う)2430号 判決

被告人 飯塚堅一 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人飯塚堅一を罰金二千円に、

同鈴木敏勝を罰金一千円に処する。

右罰金不完納の場合は当該被告人を一日金二百円の割合を以て労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用中原審証人山本モミジに支給した分は被告人飯塚の負担、その余の分は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は原審検察官鈴木寿一作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人芦田浩志、同坂東克彦作成の答弁書及び補充答弁書のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次ぎのように判断する。

論旨第一、第二中公訴事実第一についての事実誤認及び法令違反の主張について。

よつて検察官の所論を判断する前に先ず原審の公訴第一事実に関する説示を検討するのに、原判決は本件公訴事実の前提事実につき縷々説明を加えた後、「公訴事実についての当裁判所の判断」なる項目の中に(一)公訴事実第一の事実について、と題し「1、第四回公判調書証人佐野喜太郎の供述記載並びに第七回公判廷における同証人の供述によれば……(中略)……被告人飯塚が校長室に入つて行く佐野校長に対し校長に会いに来たから交渉に応じなさいという趣旨の事を申し込んだ処同校長は学外の組合員との話合には応じないといつて交渉に応ぜずその内佐野校長は書類を腕にかかえて黙つて校長室を出て玄関の下駄箱のところへ行き靴を穿いていると、そこへ被告人飯塚が行き、校長室に帰れといつたが佐野校長はそれに応ぜず、自宅に帰ろうとしたので被告人飯塚は同校長に校長室に戻つて貰うため後方から同人の両腕を掴まえ同人が向きを変えて帰ろうとしたとき同人の背広の胸の辺を掴まえたことが認められる」となし、又「第四回公判調書中証人川島好造の供述記載によれば……(中略)……何だか不穏な雰囲気が感じられたので川島教頭は校長室を出て下駄箱の所まで行くと、被告人飯塚堅一が佐野校長の背広のポケツトの後の腰の部分か上膊部の辺を両手で掴み後方に引張つたが、校長が向きを変えたため、佐野校長と被告人が向かい会い、飯塚が佐野校長のネクタイの結び目の下五糎位のところを持ち一、二度ゆさぶつたことが認められる」となし、更に結論として、4、公訴事実第一についての認定と題し「……佐野校長が交渉を拒絶するだけに止まらず校長室を出て校長公舎に帰るため玄関に行く如き現実に交渉を不可能にする行動をとつたため、被告人飯塚堅一としても、交渉に応じてほしいという強い要望を校長に対して表示し、更に同校長に校長室に帰つて貰い法的に正当な交渉を継続しようとし、同人を引き留める目的で同人の腕や着衣を掴んだものであつて、被告人飯塚において佐野校長が交渉に応じないことに憤激して同人に暴行を加える意思を以つてなされたものとは到底認めることはできない。したがつて、同被告人の右行為はその目的及び前後の事情を考慮すると団体交渉において社会通念上許容された限度を越えた行為とは認め難く違法性を阻却するものと解せざるを得ない。」と判示しているのである。

以上の説示によれば、被告人飯塚の佐野校長に対して行つた所為についての認定を二、三に書き分け、そのいずれを判断の基礎としたのかやや明確を欠くのであるが、結局は被告人飯塚が校長を引き留める目的で同人の腕や着衣を掴んだもので同人に暴行を加える意思を以つてなされたものでないとの認定の下にこれを判断の基礎として団体交渉上許容される程度のものであると判断したものと解せられるのである。

よつて進んで検察官の事実誤認の論旨に鑑み、被告人飯塚の暴行の有無、程度について按ずるのに、原審証人佐野喜太郎(第四回及び第七回公判調書)同川島好造(第四回、第八回公判調書)当審証人佐野喜太郎(第三、四回公判調書)同川島好造(第五、六回公判調書)の各証言を総合すれば、被告人飯塚は、自己の交渉に応ぜよとの申し入れに対し佐野校長が黙つたまま立つて校長室を去ろうとしたのに憤激し同人を引留め交渉に応じさせようとして同人の後を追い玄関の下駄箱附近において靴を穿こうとしていた同人に対し怒気をふくんだ興奮した口調で「校長室に帰えれ」と申し向け、背後から両手で同人の両腕上膊部を掴んでうしろに引張り、同人が向きを変えて向い合いとなるや、その背広服上衣前襟部を掴み一、二度ゆさぶつたことを認めることができる。この認定に反する原審並びに当審証人鈴木輝子、同根岸君夫、当審証人山下楠一の各証言、及び原審並びに当審における被告人飯塚堅一の供述は右採用の各証拠と対比して措信することができない。しからば被告人飯塚の右所為は刑法の暴行罪の成立要件を充足するに足るものであることは疑なく、右認定に反する限り原判決の事実認定は誤つており右は判決に影響するものと謂わざるを得ない。(検察官は、原判決が被告人飯塚の所為が「校長を引め留める目的」であつて「憤慨して暴行を加える意思を以てなされたものでなかつた」と判示したことをもつて、暴行罪の犯意までを否定したものと解しているようであるが、原判決の判示を検討すれば、右の説示は、暴行罪の犯意までを否定したわけではなく、一般の場合には暴行罪の成立する所為ではあるが、団体交渉の場合には、特に憤慨して暴行を加える意思がなくただ交渉に応ぜしめるべく引き留める目的である以上、前後の事情も考え本件程度の暴行は社会通念上許容され違法性を阻却する、との趣旨であるものと解せられるからこの点に関する検察官の所論は理由がない。)

そこで進んで、検察官の法令違反の主張につき、被告人飯塚の前記暴行の所為が原判決説示の如くその目的、その他前後の事情に鑑み社会通念上許容される範囲内のものであるか否かを按ずるのに、いかに勤労者の権利保護のための団体交渉の目的であつたにせよ相手方に暴行を加えてまで交渉に応じさせる権利は何人にも与えられていないことは自明の理であり、たとえ弁護人主張のように佐野校長に対し団体交渉をする必要が急に迫つていたこと、従来同校長が不当に団体交渉を拒否していたこと等の事情があり、当日の被告人飯塚の暴行の目的が校長をして団体交渉に応ずるよう引き留めるためのみのものであつたとしても、前段認定のような暴力の行使が団体交渉のためには社会通念上許容される程度のものであるとして違法性を阻却されるいわれは毫もあり得ない。しかも当日以後では交渉の目的が達せられないほど急に迫つた事情のなかつたことは後に説明するとおりであるから緊急避難の法理の適用される余地もないわけである。されば被告人飯塚の本件所為を違法性なきものとした原判決は正当行為に関する刑法の解釈適用を誤つたものでありこの違法が判決に影響を及ぼすことはあきらかである。よつて公訴第一事実に関する検察官の論旨は理由があり原判決は破棄を免かれない。

論旨第一、二中公訴事実第二についての事実誤認及び法令違反の主張について。

原判決は、公訴事実第二の事実につき、一般的に考察すれば組合側に団体交渉をする正当な権限があるからといつて、直ちに相手方の住居に多数で押しかけ、無断でその庭内に立ち入り、気勢をあげる等の行為をなし相手方に団体交渉に応じるよう要求することは団体交渉において許容された範囲を逸脱するものといわねばならないといいながらも、本件の場合は佐野校長は埼玉県高等学校教職員組合(以下埼高教と略称する)の団体交渉に応ずる法的義務があるにも拘らず組合からの再三の交渉要求を無視し、通常の勤務時間内である午後三時過頃自宅に帰えり門を閉し玄関の錠をかけ、外部との接触をほぼ完全に遮断してしまい、このため早急な団体交渉の必要に迫られていた組合としては団体交渉に応じて貰い度い旨の意図を校長に伝えるため校長公舎の敷地内に立入り玄関の戸を軽く叩いたり、屋内に聞えるような大声で来意を告げる等の所為をなし、更に校長から明確な返答が得られるまである程度の時間そこにとどまることは、その目的を達するために止むを得ないことであり、しかも被告人等は正当な交渉を要請するのみでそれ以上積極的に住居の平穏を乱す意図は少しもなかつたこと等を考慮すれば右認定の行為は団体交渉において社会通念上許容された限度を越えた行為といい難く違法性を阻却するものであるというのである。

よつて検討するのに、本件公訴にかかる訴因は、被告人等が故なく校長公舎に侵入したというのではなくて、被告人等が佐野校長の命を受けた妻佐野ハマから退去要求を受けたのに拘らず同公舎から退去しなかつたというのであるから、退去要求の点は犯罪の構成要件の一部をなすものであり、退去要求の有無を判断することは犯罪の成否を決するにつき欠くことのできないものであるにかかわらず、原判決は右退去要求の有無につき何等言及することなく、被告人等の公舎敷地への立入り及び来意を告げる行為並びに返答が得られるまである時間そこにとどまる行為は団体交渉において社会通念上許容された範囲内であるとのみ判断しているのであつて、前記正当行為なりとの判断はその前提に欠けるものがあるといわざるを得ない。原判決が「公訴事実第二の事実について」なる項に示したところによつて退去要求のあつた事実を当然に否定しているものとするならば右は後記認定の通り事実を誤認したものに外ならない。しかして証人佐野喜太郎、佐野ハマ、佐野譲、川島好造の原審及び当審における各証言を綜合すれば、当日佐野校長は大宮聾学校分会員や被告人飯塚から交渉に応ずる様執拗に要求され折柄四月の人事異動についての人事内申書の作成等急に迫られた事務の執務が妨げられることをおそれやむなくこれら書類を公舎に持ち帰つて処理すべく被告人飯塚の追及をふりきつて午後三時頃帰宅し表門を閉鎖した上自室において執務中被告人等組合員が交渉を要求するためまず組合員の代表たる被告人鈴木敏勝外二名が公舎裏木戸口の輪鍵を外して庭内に立ち入り玄関の呼鈴を鳴らしつづけ或は戸をはげしく叩いて面会を求め、校長の次男譲が父母の意をうけて面会を断り、さらに折柄発熱して病臥していた妻ハマも公舎での交渉を断つたのにかかわらず飽くまで校長に面会の取次ぎを求めて立ち去らずつづいて被告人飯塚外分会員も三々五々公舎庭内に入りその数二十数名となつた処右ハマは同人等に対し庭内における組合員の喧燥に堪え兼ね午後三時十五六分頃から自身で数回、又電話で呼び寄せた川島好造教頭を通じて「病気だから帰つて貰い度い」、「校長は三月二十七、二十九、三十日の中一日あうといつているから今日は帰つて貰い度い」などと要求したが被告人等は耳をかさず組合員のあるものは庭内をあるき廻り家内をのぞき込むなどして立ち去らず或は川島教頭を囲んでどなりつけたり、嘲笑したりして喧燥し、午後四時頃にいたり被告人鈴木敏勝の音頭で「校長は交渉に応じろ」「寮母を救え」等の「シユプレヒコール」を数回行つた上公舎庭内を退去したことが認められる。

しかして、校長の妻佐野ハマは校長公舎に夫や子息と共に居住して家庭生活を送つているのであるから夫たる校長と共に居住権を有し他人からその共同生活の平穏を妨げられない権利を有するものであつて、この理は公舎が学校施設の一部であつて公的な校長の管理下にあるという事によつて否定されるものではない。しからば右ハマは夫の意思に反しない限り家族の立場において退去要求をなす権利があつたものであり、自ら病気の故を以て退去を求めたのは相当であるのみならず、本件の場合は妻ハマは夫の指示に基いて面会を謝絶した上更に夫の予定する面会日を告げて退去を求めたものと認められるから右ハマの退去の要求は夫の意思に反するものではなく適法であると謂わざるを得ない。すなわち、被告人等は右ハマから適法な退去の要求を受けながらこれに応ぜず同日午後三時十五六分頃から午後四時頃までの間居住権者たる佐野喜太郎及び妻ハマの意思に反して庭内に止つて居住の平穏を紊したものであり住居不退去罪を構成するものであることは勿論である。しからば前記認定に反する限り原判決は事実の認定を誤つたものであり右誤認が判決に影響することはあきらかである。

つぎに検察官の公訴事実第二に関する法令違反の主張について按ずるのに、原判決は、被告人等組合員は寮母の勤務条件の改善等につき佐野校長と団体交渉を行う権利があり、この交渉を正当の事由なくして拒否した校長に対し交渉の継続を要請するため校長公舎に赴いたものであり公舎庭内における行動はこの目的の範囲内のものであり社会通念上許容さるべき行為であるというのでこの点を検討する。

思うに埼高教は大宮聾学校に勤務する寮母の勤務条件につき同学校長と交渉する権利があることは地方公務員法第五五条の規定によりあきらかであるが同条は「条例で定める条件又は事情の下に」交渉すべき旨を規定し、これをうけて、埼玉県昭和二六年条例第九号「職員団体に関する条例」第七条は「交渉は職員団体と当局があらかじめ、互にとりきめた時間その他の条件に従つて行わなければならない。交渉の時間は勤務時間中に設定することを妨げない。……(以下略)」と定め、同第八条は「交渉は県の業務の正常な運営を阻害することのないように行なわれなければならない。」と規定しているのである。すなわち交渉はあらかじめ交渉の事項、日時、場所、人員などを協定し相互の準備と理解との下に秩序ある方法によつて平穏裡に行われなければならないのであつて、あらかじめ日時その他につき何等の取りきめもないのに突然押しかけて交渉を迫つたり多数を背景に無秩序な状態において交渉を要求するが如きことは許されないところである。

そこで記録及び当審の事実調の結果に徴するのに当日被告人等組合員は佐野校長と交渉するにつきあらかじめ日時場所交渉事項などを定めることなくいきなり校長室に赴いて交渉を要求したものと認められる。(被告人等は春季休暇前に交渉を行う約束があつた旨主張するがかりにその話があつたとしてもこれのみでは県条例に基づく条件の取定めがあつたものとは認められない。)すなわち、当日午後三時頃組合員代表が校長室において執務中の佐野校長に対し今日交渉に応じて貰い度いと申し込み同校長が四月の人事異動の書類等の作成の為め多忙で今日は交渉に応じられない。三月二七、二九、三〇日のうち一日なら交渉に応ずる、但し外部の者(大宮聾学校分会員以外の者の意)とは交渉しないと述べて拒絶したものであつて、校長は交渉自体を全く拒否するものではなく、都合のつく日と条件とをあきらかにして交渉に応ずる意思を表明しているのであり、なお校長が当日の交渉を拒絶するについては交渉のため四月の人事異動の関係書類等の作成という急に迫つた業務の正常な遂行が阻害されることをおそれたものである。されば、佐野校長に対する本件交渉の申入は地公法、県条例に反する不当のものであり、校長がこれを拒絶するについては正当の理由があつたものと認めざるを得ない。組合員がこの拒絶に対し飽くまでも当日の交渉を要求し、これを拒否して仕事を公舎に持ち帰つて執務せんとする校長を追及して多数の者が公舎に赴き交渉に応ずることを求めたのは一方的に相手方の都合を無視するものであつて右地公法、及び右県条例の法意に反するものというべく、執拗に交渉を求めて公舎の居住者の平穏を紊し再三の退去要求に応じなかつたことにつき正当の事由があつたものとは到底認め難く、その他緊急避難の適用される余地もないことは公訴事実第一事実につき判断したとおりである。しからば原判決は公訴第二事実についても事実認定を誤り且つ誤つた事実認定を前提として正当行為に関する刑法の解釈適用を誤つたものであり右違法は判決に影響をおよぼすことあきらかなものといわねばならないから原判決は破棄を免かれない。

論旨第二の中公訴事実全般に通ずる法令違反の主張について。

所論については前叙公訴第二事実に関する法令違反の項において判断したとおりであつて、原判決が当日佐野校長が被告人等の団体交渉の要求に応ずる法的義務があつたことを認めこれを前提として被告人等の行為の違法性を否定しているのは、地公法第五五条、埼玉県条例昭和二六年第九号「職員団体に関する条例」の解釈適用をも誤つたものでありこれが判決に影響を及ぼすことはあきらかであるからこの点についても論旨は理由がある。

論旨第一中前提事実についての事実誤認の主張について。

原判決は、大宮聾学校における寮母の勤務条件の改善につき埼高教組合員と校長との折衡の経過を述べその間における校長が不誠実の態度で寮母の待遇改善に努力した形跡がないこと、校長は「団体交渉に応じる義務がない」とか「外部の者がいるから交渉に応じられない」とかいい、また交渉の途中で都合がわるいと沈黙したり帰つてしまつたりして誠意が認められなかつたこと、その間の寮母の待遇改善は僅かなものであつたことなどのため、三月八日の埼高教特殊学校部会において寮母の待遇改善運動についての校長交渉を強化することとなり、三月二〇日の大宮聾学校における寮母大会後校長交渉を行うとの決定をなし、当日被告人等は右の決定に基き校長に交渉を要請したものでこれらの目的や前後の事情に鑑み被告人等の本件所為は社会通念上許容された限度を越えたものとはいい得ないとなしているのである。

そこで記録及び当審における事実調の結果に徴するにかねてから特殊学校寄宿舎の寮母の勤務条件がわるく寮母に過重な勤務を余儀なくさせる状況にあつたところから日本教職員組合はその待遇改善のため全国的な運動を展開していたが大宮聾学校においても埼高教大宮聾学校分会と佐野校長との間に寮母の定員増加通勤制、休暇中における宿日直の改善等の要求につき数次の交渉を重ねた結果土、日曜日以外の日の自由時間の一時間延長、三ヶ月に二回位一二時間の休暇をとることが認められたがなお組合の要求を満足させるにいたらなかつたところ、同組合特殊学校部会においては昭和三六年三月八日の総会において六月までに寮母の通勤制の実現を図るべく校長交渉及び対県交渉を強化することとし特に大宮聾学校については三月二〇日同校において寮母大会を開いたあと代表者が佐野校長と交渉を行うことを決定したのであつて、本件における被告人等の校長に対する交渉の要求は右の総会決定に基いて行われたものであることが認められるのである。しかしながら佐野校長は原判決の説示するように寮母の勤務条件の改善問題につき必ずしも不誠実であり努力を払わなかつたとは認め難い。すなわち当審証人中谷幸次郎、同北原一敏、同小沢寛純、同佐野喜太郎の各証言、によれば同校長は本件事件当日までの間に県教育局等に対し度々寮母の増員、用務員炊事婦の配置などを陳情し校長の研究協議会においても寮母の定員増加を要望しそのため学校教育法の改正を熱心に提案し、あるいは聾学校長会議において寮母待遇問題を討議した際右要望を決議しこれが要望書の原案作成者となりこれを全国聾学校長会に提出したことなどがあり、又寮母の勤務条件については前記の如き数点の改善を行つておりさらに組合の通勤制の主張に対し自ら通勤交代による勤務表の試案を作成して提案しているのであつて、交渉の成果が組合の要求を満足させるに至らなかつたとしてもこれを以て同校長の同問題に対する態度が不誠実であり努力をした形跡が認められないとするのは当たらない。

又同校長の交渉に対する態度も原判決の非難するところであり、同校長が外部の者と会わないといつて交渉を拒否したため交渉の継続が不可能となつたことのあることはこれを認め得るところであるが原審及び当審証人佐野喜太郎同川島好造同佐野ハマ同佐野譲の証言によれば同校長としては昭和三三年の勤評斗争における部外の者のはげしい斗争的交渉の経験に鑑み部外者をいれては平穏且秩序ある交渉をなし得ないものと思料し又学校内部の事は内部の者との交渉で処理し得るとの考え方から大宮分会の鈴木輝子との話合いの下に爾後部外の者との交渉を拒否しつづけたものと認められるのであつて、部外の者との交渉乃至は話合いを頭から拒否した一徹な態度につき失当の点はあるとしても一応諒とすべき事情を認めざるを得ずこれを誠意なしとして一概に非難することは必ずしも当たらないところである。又団体的交渉は常に必ずしも円滑にすすむものとは限らずむしろ立場の相違により意見の対立する場合が多いため互に自己の立場を主張して激論が交わされ、意見が到底合致する見込がなくして約束の時間を経過した場合中途に交渉を打切つて退席する場合も通常あり得べく本件の場合も証人佐野喜太郎の前掲証言に徴すればかような経過が窺われるのであつて、かようなことがあつたからといつて原判決説示の如く本件交渉の不進展の責任を直ちに校長の不誠実な態度に帰するのは不当であるといわねばならない。されば上来認定したところの校長対組合の交渉経過、並びにこれに処する校長の態度から考えてもこれを以て被告人等の本件行為を社会通念上許容されたものとし違法性を阻却する事情の一つとすることは到底容認し難いところである。しからば原判決は誤つた事実認定を前提として被告人等の本件行為を無罪としたものでありこの事実誤認は判決に影響あることはあきらかである。

以上説明したとおりいずれの点からするも原判決が被告人等に対し無罪の言渡をしたのは失当であるから刑事訴訟法第三九七条によつて原判決全部を破棄し、同法第四〇〇条但書にしたがい当裁判所において直ちに裁判をすることとし次ぎの通り判決する。

すなわち当裁判所の認定した事実は次ぎのとおりである。

被告人飯塚堅一は昭和二七年四月埼玉県立川口工業高等学校教諭に就職し昭和三五年一月埼玉県高等学校教職員組合(以下埼高教と略称)の中央執行委員となりその後組織部長を経て中央副執行委員長となつたもの、被告人鈴木敏勝は昭和二九年四月から大宮聾学校坂戸分校(現在県立坂戸聾学校)に勤務しその後埼高教特殊学校部長となつたものであるが、埼高教特殊学校部においてはかねてから県下における特殊学校たる大宮聾学校、川越盲学校、坂戸聾学校の寄宿舎に勤務する寮母の勤務条件がわるくその負担過重なるに鑑みその勤務条件改善要求を昭和三五年度の運動方針となし、寮母の通勤制実施、寮母の定員増加、勤務時間の短縮等を目的として対県交渉を行うと共に各学校分会毎に校長交渉を行うこととなつたので大宮聾学校に勤務する教職員によつて組織されている埼高教大宮聾学校分会(分会長鈴木輝子)は右運動方針に従い昭和三五年八月以降寮母の待遇改善につき同校校長佐野喜太郎と交渉を重ねたが容易に進展せずその間改善されたのは同年一二月から土、日曜日以外の日の自由時間が一時間延長されたこと、三ヶ月に二回位一二時間の休暇がとれるようになつたことの二点に過ぎなかつた。かくして、昭和三六年三月八日埼高教特殊学校部では県立坂戸聾学校において総会を開催し寮母の待遇改善問題につき更に対県交渉や校長交渉を強化することとし、特に大宮聾学校の寮母の勤務条件が劣悪であるとの理由の下に三月二〇日同校において寮母大会を開きその後で代表者が校長交渉を行うことを決定した。

「罪となる事実」

第一  昭和三六年三月二〇日午後三時頃当時埼高教の組織部長であつた被告人飯塚堅一は大宮市植竹町所在大宮聾学校校長室に於て同校長佐野喜太郎に対し「寮母の待遇改善問題につき埼高教として交渉したい」と申し入れたところ同校長は黙して答えなかつたため再び「是非交渉に応じて貰い度い」というや同校長は書類を携え黙つて校長室を出たので同被告には憤慨し同校長を引き留め交渉に応じさせようとして追かけ同校玄関下駄箱の付近で靴をはこうとしていた校長に対し怒気をふくみ興奮した口調を以て「校長室に帰えれ」と申し向け、背後から両手で同校長の両腕上膊部を掴まえ後方に引張り校長が向きを変えたため向い合うや校長の背広服上衣前襟部を掴み一、二度ゆさぶつて暴行を加え、

第二  同日午後三時過頃佐野校長はそのまま同校構内に在つて家族と共に居住する校長公舎に帰えり表門を施錠し自室において同年四月の人事異動の内申書等の作成に従事していたが、被告人針木敏勝同飯塚堅一外埼高教役員大宮聾学校分会員らは同校長に交渉を迫るため裏木戸から相次いで公舎庭内に入りその数二十数名となり校長に面会を求めたが校長の指示を受けた妻佐野ハマ、次男譲から面会を謝絶され、同日午後三時一五、六分頃から再三右ハマから自身又は急遽電話で呼び寄せた教頭川島好造を通じ「病気だから帰つて貰い度い」「校長は三月二七、二九、三〇日の中いずれか一日会うから帰つて貰い度い」などと申し入れ速かに公舎庭内から退去するよう要求されたにも拘らず被告人鈴木敏勝及び同飯塚堅一は他の組合員と共に同日午後四時頃まで同所に止まり退去しなかつた

ものである。

証拠の標目(略)

法令の適用

被告人飯塚堅一の判示第一の所為は刑法第二〇八条罰金等臨時措置法第二条第三条に、同人及び被告人鈴木敏勝の判示第二の所為は刑法第一三〇条(要求をうけて人の住居より退去しない罪)罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するのでいずれも罰金刑を選択し、被告人飯塚の所為は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四八条を適用しそれぞれ主文のとおり量刑処断すべく、右罰金不完納の場合は同法第一八条に則り当該被告人を一日金二〇〇円の割合で労役場に留置し訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条一八二条により主文第四項記載のとおりその負担を定める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川成二 関重夫 小川泉)

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